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日系記念碑公園

施設見学

記念碑は100枚の花崗岩のパネルで構成されており、1942年に西海岸の自宅から強制移動させられた約2万2,000人の日系カナダ人の氏名とともに、強制移動後から、戦後4年後、1949年4月1日に日系カナダ人に市民権が認められるまでの間に生まれた3,000人を超える子供達の氏名が刻まれている。

記念碑パネルは強制移動の規模を示すことを意図したものである。2万5,000人の氏名を記載することで、人生を取り返しのつかない形で翻弄された人々が、いかに多くいたのかを視覚的に示すことができる。

記念碑は当施設の東側に始まり、当施設の案内、BC州の地図、領域、小領域、区域、コミュニティの索引が続く。記念碑パネルに記載されている氏名は1942年に強制移動時に住居を構えた場所に基づき、名字のアルファベット順に記載されている。強制的に移動させられた場所はそれぞれ区域ごとにまとめられ、参照として具体的なコミュニティ名が記載されている。

氏名の一覧が刻まれてるはバンクーバー島(南バンクーバー島、ビクトリア区域)から始まり、ノース・コースト、セントラル・コーストと続き、ローワー・メインランドへと続く。氏名のパネルはバンクーバー区域で終わり、その後に100マイル(160キロ)の立入禁止区域から強制移動させられた人々の氏名が一覧に続く。最後の氏名一覧には、強制移動後に生まれた3,000人を超える子供達の氏名が記載されている。

記念碑パネルはレクンゲン語(Lək̓ʷəŋən)と日本語で記された記念の碑石が設置されている庭園の中にある。さらに、日系カナダ人の歴史を時系列で示す、6つの碑石からなる「正義への道」が設置されている。

このウェブサイトは、記念碑パネルにある特定の人物の氏名を探すのにお困りの方に、より詳細な検索機能を提供することを目的として作成された。

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以下の方は、今後追加される記念碑パネルに掲載される予定です。